2018年12月15日

三岸アトリエ

その後のモダンデザインに大きな影響を与えたドイツの建築・美術学校、バウハウス。


そこへの留学経験を持つ数少ない日本人建築家(建築家としては2人だけなのだそうです)、
山脇巌によって設計された「三岸アトリエ」を見学させていただきました。


画家である三岸好太郎・節子夫妻のアトリエです。



三岸アトリエ.jpg



完成した昭和9年(1934年)当時、
周囲には藁葺き屋根の民家が点在しているだけだったのだそうで、
そこに突如出現した世界最先端の「ガラスの箱」の衝撃はどれほどだっただろうと思いました。




ただ現在の姿は、この100年ぐらいの間に繰り返された改装によって、
すでにほとんど原形をとどめない感じになってしまっているようでした。


特に南側の大開口は、竣工当時の写真を見ると、
それこそバウハウスの校舎のように正方形に割付られた巨大なガラスの壁になっているのですが、
現在は普通のアルミサッシに変わってしまっていて、ちょっと哀しかった...。




それでも、
シンプルな直方体の空間と、それを切り裂く大開口、そしてその前を走る螺旋階段、等々が、
もともとの空間の香りのようなものをのこしていました。


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2018年10月30日

筒井康隆展

世田谷文学館で開催中の「筒井康隆展」を観てきました。



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中学生ぐらいからの大ファンで、多分ほとんどの作品を読んでいると思います。



並んでいる作品の表紙などをひとつひとつ眺めていると、
なにかと懐かしくもあり、なんかグッときてしまいました。



観に行ってよかった。



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2018年09月14日

旧東京日仏学院

アンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院)で、
展覧会「建築家・坂倉準三 パリ-東京:生き続ける建築」を観てきました。




展覧会はそれほど大規模なものではありませんでしたが、
旧東京日仏学院の建築を久しぶりにゆっくりと観ることが出来て本当によかった。






ル・コルビュジェの弟子としても知られる坂倉準三の設計によるこの建築。




東京日仏学院001.jpg




傾斜地に浮かぶ3枚の平らな床を、
青く塗られたキノコ状の柱が直接支えることで、
外周(特に南面)には梁もなく、
床から天井まで全面ガラス張りの、
明るく開放的なつくりを実現しています。



東京日仏学院002.jpg






一方、そうした明快な構成を持つ正面とは異なり、
裏側には不思議な曲線の塔が建っています。




東京日仏学院003.jpg




塔の内部には、
上下階をつなぐ二重螺旋の階段がおさめられていて、
上からはトップライトの明るい光が降り注ぎます。




東京日仏学院004.jpg




戦後すぐの1951年に出来たのだそうですが、
今見てもなお、美しくて、おしゃれな建築でした。

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2018年09月01日

丹下健三自邸

「今」また話題の「丹下健三自邸」を観てきました。




丹下健三自邸001.jpg




と言っても実物はすでに現存しません。
現在森美術館で開かれている「建築の日本展」で展示されている3分の1スケールの模型です。




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模型とはいえ、これだけの大きさになると、なかなかの迫力でした。





丹下健三自邸003.jpg





西洋の近代建築に倣って、
ル・コルビュジェばりのフラットルーフなのかと勝手に思い込んでいたのですが、
思いの外きちんと勾配のある屋根でした。





丹下健三自邸004.jpg




意外にと言うべきか、やはりと言うべきか、
かなりしっかりと薫る和風味。





西洋発祥の近代建築に、日本の古建築の再解釈を持ち込むことで新たな可能性を拓いたという、
丹下健三らしい家なのかもしれないと改めて思いました。



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2018年08月25日

豊島美術館

瀬戸内海の小島、豊島にたつ豊島美術館。


豊島美術館001.jpg


地面に落ちた水滴がそのまま建築になったような、
コンクリートのシェル構造。




中には柱など1本もなく、床・壁・天井の境目もありません。
その中で、空に向かって穿たれた穴が2つ。


そこから取り込まれる光や風、チラッと見える緑などから、
周囲の自然や、時間の流れなどが、なんとなく感じられます。




床には見えないぐらいの無数の穴が空いているようで、
そこかしこから、ジワッと水滴が浮かび上がってきます。


そして、
それらが合流したり、カタチを変えたりしながら、
流れていき、泉に流れ込む...。




ただそれだけの風景を眺めるという「美術館」でした。






しかしこれが、想像をはるかに超えてよかった。
素晴らしすぎました。






内部は撮影禁止だったので、ここでは紹介できません。
ちょっと残念ではありますが、
ただ、写真ではなかなか伝わらない感じの素晴らしさだったので、
それでもいいのかもしれません。
是非、機会があったら体験してみていただけたらと思います。






雨の日に電車などに乗ると、
窓に降りかかる雨粒が流れていくのが面白くて、
なんとなく飽きずに眺めてしまうというようなことがありますが、
あのような体験をさらに純化したような感じと言えば、
その面白さが少しは伝わるでしょうか。




感動的ですらあり、
いつまででも眺めていられそうな感じでした。




豊島美術館002.jpg
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2018年05月16日

時間が経てばわかる

竣工後8年ぐらい経過した現在のお家を見せていただきました。


E-House017.jpg


日々風雨にさらされて、痛んでいる部分も確かにありましたが、
その分、風格のようなものは増しているように思いました。


外壁などに本物の木を多用しているのですが、
「メンテナンスフリー」をうたう人工的な建材等では見られない、
時間を経過した末にわかる「本物感」でした。


E-House002.JPG


自作の庭や内部の使い方など、
隅々まで美意識にあふれていて、大変素敵でした。


いいものを見せてもらいました。
どうもありがとうございました。
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2018年04月28日

建築の展覧会

東京ステーションギャラリーへ、
「くまのもの ー 隈研吾とささやく物質、かたる物質」
という展覧会を観に行ってきました。



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とても力の入った、面白い展覧会だったのですが、
なんだろうな、期待したほどには感動しなかった...。



研究レポートが並んでいるという感じで。
(多分意図的にそうしているのだと思いますけど)



どれもがとても素晴らしい、魅力的なプロジェクトなのに、
全体的に、なんとなくチマチマして見えてしまいました。



「物質」をテーマにするには会場が狭過ぎたのかもしれません。
屋外の広々としたところに余裕を持って並んでいれば、
また印象も違って見えたのかもしれません。



でもやはりこうしたテーマは、
実際にその「物質」によって出来上がっている建築そのものを観てこそなんだろうなあ、
と思ってしまいました。



建築の展覧会というのは難しいですね。



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2018年01月17日

街に馴染むのはいつのことか

現在の姿はもうすぐ見納め、ということになるのでしょうか?


世田谷区民会館・区庁舎。


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それぞれの建築といい、それによって作り出された広場といい、
今となっては、結構絶妙という感じに、
周囲の街並みのスケール感に馴染んでいるように思うのですが。


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1960年頃に出来た建築です。


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それを考えると、
新しく建て替えられた建物が同じように街に馴染むのは、
きっと、早くても50年後ということになるのでしょう。


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本当にもったいないことだと思います。


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2017年11月04日

安藤忠雄展

国立新美術館で『安藤忠雄展』を観てきました。


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外国からの人も含めて、かなり大勢の人が来ていて、熱心に観ていました。


建築展としてだけではなく、その他の美術展を含めても、
現在活躍している作家の中で、
これほどの関心を集めることができる人が他にいるのかな、と思えるほどでした。


展示の方も、
ちょっと考えられないほどのエネルギーが投入されていて、
全部を観終わった後は、とにかく、くたびれました...。



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そういえば、今から25年ぐらい前の学生の頃にも、
今はなきセゾン美術館で、
『安藤忠雄建築展』というのを観に行ったことがありました。


その時にも、その展示内容もさることながら、
何よりも、そこに投入されている膨大なエネルギーに圧倒されました。


特に印象に残っているのは、
「中之島プロジェクト」の10メートルはあろうかという馬鹿デカイ配置図や断面図の背景が、
鉛筆で描かれた曲線で埋め尽くされていることに、度肝を抜かれてしまいました。
(この図面は今回の『安藤忠雄展』でもまた展示されていました)


図面の背景の、どうでもいいのではないかと思ってしまいそうな部分に(失礼)、
一体どれほどの人と時間が費やされているのか、と...。




割と単純なアイデア(いい意味です)を、
馬鹿げていると思われるほどのエネルギーを投入して表現する(勿論いい意味です)感じが、
昔も今も、とにかくスゴイと思いました。


展示されているプロジェクトの内容をよくよく観てみるとわかるのですが、
法規制などの社会の制度と、多くの軋轢を生みそうなものがたくさんあって、
そうしたことを、単純なアイデアで突破しようとするには、
これほど膨大なエネルギーが必要になるということなのかもしれません。


やはり、一見単純に見えるようなことを成し遂げようとするのが、
一番難しいということなのかもしれないなあと思いました。



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2017年10月25日

日本の家

東京国立近代美術館へ、
『日本の家 1945年以降の建築と暮らし』展を観に行ってきました。


戦後の「日本の家」の系譜をたくさんの図面や模型で辿るという、
大変充実した面白い展覧会でした。


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通常の図面や模型だけではなく、
実際に中に入って体験できる1分の1の原寸大模型や、
現在その家に住まれている方の大変興味深いインタビュー動画などもあり、
かなりの時間を費やして観てもまだ足りないくらいでした。


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大都市の中心部をこうした小さな個人邸が占めているという状況は、
他の欧米諸国ではあまり見られない日本特有のことなのだそうです。


また、
大富豪の豪邸ばかりではなく、普通の人のための個人邸を、
建築家が設計するという状況も日本特有のことなのだそうです。


そしてこうした状況は、
戦後の住宅政策なども絡んで、賛否色々とあるようです。


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ただ、良くも悪くもそのような状況にあるのであれば、
折角なので、
よくあるありきたりな家を買うばかりではなく、
自分達らしい家を考えてみるのも面白いのではないかと思います。


そして、
戦後の「日本の家」を13のテーマを切り口にして辿るこの展覧会は、
そうした自由な家づくりのヒントになりそうな点がたくさんありましたので、
是非多くの方が観てくれるといいなと思いました。


(と言っても、もうすぐ終わってしまうみたいですが...)


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2017年09月30日

創造をはじめた



29歳でこの世を去った、建築家、岩元禄。


活動したのは、
大正7年(1918年)に東京帝国大学を卒業後、
亡くなる大正11年(1922年)までの、わずか4年間。


その間、
兵役に服したり、闘病したりといった期間を除くと、
実質的に設計に携わったのは、ほとんど、
大正9年(1920年)の1年間に限られてしまうようです。




岩元禄は、
与えられたそのほんのわずかな期間に、
3つの建築をのこしました(異説あり)。




その中で、現存する唯一の建築、西陣電話局。




西陣電話局001.JPG




間取りは「なんの変てつもない」矩形。
彼のエネルギーの大半は、
平面ではなく、外観のデザインに注ぎ込まれています。


「建築の用途がその芸術の中になんとか納まればいいんだ」…。




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柱の上にのる裸婦像や、壁面や軒裏を覆うレリーフ。





彫刻やレリーフは、
「最初は粘土でつくりまして石膏で型をつくり、モルタルを流して仕上げたものです」…。
「みな岩元さんが石膏型にとって、それを基にして現場につけた」…。




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岩元禄は、その強烈な作家性から、
建築が芸術であることを強く求めていました。


「こういう理知的な、打算的な建築ではダメだ、
 俺の建築はガイスト・スピーレン(精神的遊戯)だ、
 ガイスト・スピーレンでなくちゃいかん」…。




このように建築に、
純粋に芸術性のみを求めていく姿勢は、
現代ではなかなか受け入れられないものなのかもしれません。


ただ、こうした岩元禄の姿勢は、
明治以来、
ただひたすらに西洋を学び続けるという硬直した状況を、
突破するものでもありました。


彼は、
「日本で過去様式やそれを支持したアカデミーに抗した最初の存在」で、
明治以降の日本で「創造をはじめた」最初の建築家でした。


そして、この西陣電話局は、
「日本近代建築史上、はじめて建築家によって人まねでない、
 そのひとの個性によってデザインされた」建築でした。


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「短い生涯、少ない作品」…。
だからこその突破力というものもあるのかもしれません。


西陣電話局009.JPG



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2017年09月05日

時代を先取りした箱

1927年(昭和2年)に結成された「日本インターナショナル建築会」は、
「日本でモダニズムを主張した最初の建築家グループ」です。
 
 
彼らの思想は国際的にみても、
当時最もラディカル(急進的)に「機能主義」、「合理主義」を追求するものでした。
 
 
そしてその目的は、
「西欧先進地域での動きを模倣したとか、その下部組織としてつくられたのではない」、
むしろ、
「日本を中心にして全世界に向けて呼びかけ」んとする、
「文字通り国際的規模の運動を目ざすもの」となっていました。
 
 
そんな風に聞くと、
あまりにも気宇壮大で、
ちょっと非現実的な感じもしてしまいそうです。
 
 
しかし彼らは実際に、
結成時に発表された「宣言」と「綱領」を、
エスペラントや外国語にも翻訳することによって、
そうした構想を世界へ向けて発信していました。
 
 
その結果、
タウト、メンデルゾーン、リートフェルト、ホフマン、グロピウスなど、
当時の世界中の一流建築家たちが提携することを約束し、
錚々たるメンバーが外国会員として名を連ねることになっていったといいます。
 
 
さらに彼らは、
徹底した「機能主義」、「合理主義」を追求する立場から、
「アール・ヌーボー、ゼセッション(分離派)、表現派、アメリカニズムなど」、
当時の世界の建築界の「あらゆる動きに徹底的に批判を加え」、
巨匠ル・コルビュジェについても、
「氏の作品は建築界に美しい形を教えてくれたにとどまる」と切り捨てたといいます。
 
 
 
 
そんな当時世界中で最も過激な「機能主義者」の集団、
「日本インターナショナル建築会」の中心的な人物が、
建築家、本野精吾でした。


本野精吾邸01.JPG 
 
 
彼が「日本インターナショナル建築会」を結成する少し前、
1924年(大正13年)に完成させたという自邸。


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なんの飾りもない、
あまりにも素っ気ないコンクリートブロックの箱。


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外観だけではなく、
室内もコンクリートブロックがむき出しになっています。


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飾りなどの不要なものはすべて排除し、
理屈に合ったものだけで建築をつくりあげようとする、
徹底した「合理主義」的な思想から、
このような仕上がりになったのではないかと思われます。


本野精吾邸04.JPG
 
 
今となってみると、
「コンクリート打ち放しの美学」を
数十年も先取りするものだったと言えるのかもしれません。

 
 
間取りの方は、
コンクリートブロックで出来たボリュームが、
水平方向に連なっていくような感じで、
流れるように連続する空間になっています。


本野精吾邸06.JPG
 
 
その空間には、
独特の風格のようなものが備わっているように思いましたが、
その一方で、実際にこの間取りが、
彼が主張するように本当に「機能」的なものなのかは、
現代の私たちの目からは、
もう一つ、よくわからないような気もしました。


本野精吾邸08.JPG
 
 
100年近い時間が経過する中で、
人の暮らし方は大きく変わってしまいました。
そのため、住宅に求められる「機能」の方も、
当時とは全然違うものになっているのかもしれません。
 
 
ということになると、
彼らがテーマとし、熱烈に追求しようとした「機能」や「合理」というものは、
所詮、時代とともに移り変わってしまうようなものでしかなかった、
ということになるのでしょうか…。
 
 
ただ、
たとえテーマそれ自体が時間の経過によって古びたものになってしまったとしても、
志のようなものは、
時間を超えてくるということもあるようです。
結局そうしたものこそが、
時間を経た後の空間に迫力を与えることになるのかもしれません。


本野精吾邸09.JPG
 
 
時代をはるかに先取りした「機能」を満たすための箱は、
時間との競争をやめても、
別の多くのものを満たしているように思いました。


本野精吾邸10.JPG


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2017年08月23日

幾何学的な美

東福寺方丈庭園。


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昭和の作庭家重森三玲の代表作にして、実質的なデビュー作なのだそうです。



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日本庭園に大胆に導入された幾何学的な構成。



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抽象的な平面のコンポジション(構図)を重視する、
「モダニズムの美学」の教科書みたいでした。



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2017年08月17日

顔の家

学生の頃にはまだ、
なんとなく流行っていて、影響力のあった本、
チャールズ・ジェンクス著『ポスト・モダニズムの建築言語』の中でも、
日本の「ポスト・モダニズム建築」の代表作の一つとして採り上げられていた、
「顔の家」...。


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あまりにも悪趣味(失礼!)で、
いくらなんでも、これではあんまりだろう、という風に思ったものですが...。


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築40年以上、
こうして今なお建っているのを観ると、
一周か二周廻って、
不思議と面白く感じてしまいました。
 
 
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2017年07月19日

歴史的な街並み

「ジョンソン基地(現在の入間基地)の軍人が住んでいた、
 いわゆる米軍ハウスが残る区画」、ジョンソンタウン。

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終戦から70年以上が経った今となっては、
こうしたものも、
「歴史的な街並み」ということになりつつあるのでしょうか。


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2017年07月12日

とりあえず駐車場

久留米市民会館。
 
 
2017.07.12-2.JPG
 
 
新聞記事によると、
老朽化のために解体撤去して、
跡地は暫定的に駐車場にして、
その利用法はこれから考えるのだそうです...。
 
 
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戦後の日本を代表する建築家菊竹清訓が、
その全盛期とでも言うべき1960年代に、
故郷である久留米市にのこした建築も、
老朽化のためとは言え、
「とりあえず」駐車場になっちゃうみたいです。
 
 
2017.07.12-4.JPG
 
 
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2017年07月06日

記憶喪失

とうとう、
この建築もなくなってしまったのだそうですね。


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出雲大社庁の舎。




戦後の建築史の本などをみると、
必ずとり上げられるような、
名作中の名作というような建築だったと思うのですが。


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こうした戦後の名作建築が失われていくスピードは、
すごいものがあるなあ...。


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きっとこんな感じで、ふと気づいた時には、
その頃の記憶を伝えるものなんて、
何もなくなってしまっているのだろうなあ、
と思わせるような出来事でした。

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2017年06月28日

ル・コルビュジェと前川國男

江戸東京たてもの園で開催中の
「ル・コルビュジェと前川國男」展を観てきました。


すでに知っている内容や、
どこかで観たり聞いたりしたことがある内容も多かったように思いますが、
こうしてまとめて、順を追って観せてもらうと、
やはり面白くて、説得力がありました。


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展示を観終わった後には、実物の前川國男邸へ。


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何度観ても、本当に無駄がなくて美しい。


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2017年06月22日

セルフビルド

46歳のひとりの男が、
亡くなるまでの21年間を費やし、
切り立った岩場を、
ノミやツルハシなどだけで、
ひたすら掘り続けることによってつくり出したという建築。


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内部は、本人曰く、
ロマネスク様式となっているのだそうで、
花瓶や棚、机などまでが、
岩から削り出されているといいます。


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「何等功利上の目的はなく、
 唯純粋な芸術的な創造慾の満足と、
 建築の最も合理的にして完全なる範を永く後世の人士に垂れんが為」...。


どこか狂気すら感じられるような、
作品としてのセルフビルド建築の極北。


2017.06.20-2.jpg


その強烈な建築への意志を失った今は、
自然へ還らんとしているようでした。


http://k-nakama.p2.weblife.me/blog/20170620.html

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2017年03月31日

ソニービル

銀座のソニービルには、ちょっとした思い出があります。


ソニービル003.JPG


といっても、
それほど頻繁に訪れていたというわけではありません。


実は、学生の頃に大変お世話になった先生が、
この建築の設計に携わった方でした。


そして、
この建築の話を頻繁に聴かせていただきました。




この先生は大変多くの建築の設計を手掛けられていたのですが、
なぜか、
授業などでは頻繁にソニービルの話をされていました。


私はトータルで6年間、
この先生にお世話になりましたので、
もう何度ソニービルの話を聴いたか分からないぐらいです。


実際に話を聴いていた学生の頃には、正直、
またソニービルかよ、
なんて思わないでもなかったのですが…。




もしかしたら、
ソニービルは、
この先生にとってお気に入りの、
会心の出来だったのかもしれません。


ただそれと同時に、今にして思うと、
ソニービルが、
初学者でも理解出来るぐらいに、
「分かりやすい面白さ」持っているため、
頻繁に採り上げていたのではないか、
という気がしています。




ソニービルの「分かりやすい面白さ」の最大のポイントは、
その空間構成にあります。


ソニービル004.JPG


普通のビルだと、
各階はバラバラになっていて、
たとえば、
自分が2階にいる時には、
3階で何が起っているかは分かりません。


ところがソニービルは、
そうした普通のビルとは違います。


ソニービル006.JPG


各階を「田」の字型に、4つの床に分割し、
それを90センチメートルずつ高さをズラして繋げていくことで、
上から下まで、全部で25層もの床が、
一繋がりの空間となって連続しています。


ソニービル007.JPG




このようなことが可能になった理由には、
ソニービルの用途が、
上から下まですべてショールームとなっていることにあるようです。


ソニービル008.JPG


その先生の話では、
最初に設計の話があった時には、
このビルには、必要となる明確な用途がなかったのだそうです。


銀座の一等地にビルを建てるということ自体が、
当時のソニーにとって重要であったとのことでした。



そして、
このようなおおらかな条件であったからこそ、
このような「立体プロムナード」が実現出来たということのようです。


立体的な散歩道、
いわゆる「銀ブラ」の立体版というわけです。


ソニービル005.JPG




そしてソニービルは、
こうした魅力的な空間構成を実現するだけではなく、
構造や設備、デザインや都市計画などに関連した様々なアイデアによって、
よりリアリティのある建築として高められ、成立しています。


たとえば…。


高さが90センチメートルずつズレた床は、
それぞれ90センチメートルの高さの梁で支えられていて、
それらがすべて中央の柱にぶつかってくるため、
中央の柱は、柱であると同時に梁にもなっているという、
ちょっと面白い構造で支えられています。


そして、上から下まで一繋がりの空間の空調設備には、
様々な実験の結果から、
各フロアごとの個別のユニットで対応するシステムが採用されいるといいいます。


さらに、各階の床の高さがズレているという個性的な空間構成は、
外周を覆っているルーバーも同じようにズレて設置されることによって、
外観にも、さりげなく(そして上品に)表現されています。


また、通常ならば、
もっとも人通りの多い交差点に面した敷地の角に入口を持ってくるところを、
あえて、そこを入口とはせずに、
その部分を屋外の公共的な広場として開放するという具合に、
街並・都市計画的な配慮もなされているといいます。




ソニービル009.JPG




「分かりやすい面白さ」とともに、
それをよりリアリティのあるものにする、こうした多くのアイデア。


それらが総合されて成立している建築として、
ソニービルはとてもよい実例になっている、という意味もあって、
先生は、繰り返し繰り返し、
この建築のことを話されていたのかなあと思い、
先日久しぶりに見学させていただきながら、
いろいろと当時のことを思い出したりもしました。


ソニービル010.JPG




ソニービルの解体は、
明日(2017年4月1日)から始まるのだそうです。


posted by k_nakama at 16:06| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする